研究目的(概要)

科学・技術と社会が接する領域には、「不確定要素を含み、科学者にも単純には答えられない問題ではあるが、今現実に社会的な合意を必要としている問題」があり、これらを解決していくにあたり、科学技術ガバナンスの確立が求められている。一方、この科学技術ガバナンスの確立の基礎を形成するものとして期待されるのが、科学教育分野であるといえる。しかし、STS教育・STSアプローチが展開されてきたものの、科学技術のガバナンスに必要な市民的な資質・能力の具体的な内容やその教育方法などをはじめとして、基本的な枠組みは解明されていない。そこで、本研究では、科学技術ガバナンスの理論的検討や実態把握を踏まえた上で、科学技術ガバナンスを形成するための市民的資質・能力の育成に資する科学教育論の基本的な枠組みを構築することを目的とする。

① 本研究の学術的背景

現代の科学・技術と社会が接する領域では、「不確定要素を含み、科学者にも単純には答えられない問題ではあるが、今現実に社会的な合意を必要としている問題」がある。このような問題への取り組みとして、『科学技術白書』(2004)では、「政府、科学者コミュニティー、企業、地域社会、国民等のそれぞれの主体間の対話と意思疎通を前提として、各主体から能動的に発せられる意思を政策形成等の議論の中に受け入れられるような、いわゆる科学技術ガバナンスの確立」の重要性が指摘されている。この科学技術ガバナンスの確立の基礎形成の役割が期待されるのが、初等・中等教育から、高等教育、生涯学習へと広がる科学教育といえよう。

一方、これまでの科学教育に目を向けた場合、欧米では、1960年代以降、「科学・技術・社会(STS)」の内容が科学カリキュラムに導入され、実践されてきた(例えば、大高;1980、長洲;1993)。もちろん、我が国でもSTSに関する教育の重要性が認識され、授業実践が試みられてきた。そのSTSに関する教育も、科学・技術・社会が相互に及ぼしあっている問題や事例を教材として、科学的な知識や方法の習得を教えることを目的とした「STSを通じた教育」(STSアプローチ)と、科学・技術・社会の相互関係それ自体を教え、市民的な資質・能力としての科学的リテラシーを育成することを目的とした「STSの教育」の2つに大別される(小川;1993)。

比較的実践されてきた「STSを通じた教育」であっても、そのアプローチのもつ意義が十分に理解され、実践されているとは言い難い(Yager;1993, 熊野ら;1995)。また、後者の「STSの教育」の実践は限られたものである(鶴岡;2002)。そこでは、科学技術に関わる社会的問題それぞれについての多面的な理解を図り、意思決定力をつけることを目指した教育が行われているが、科学技術のメリット・デメリットを学んで、一定の選択を行えるようになるという段階に留まっている(例えば、内ノ倉ら;2010)。イギリスでの中等科学教育プログラムとは対照的に、多種多様なステイクホルダーなどの存在に目を向けることや説得的コミュニケーションのスキルの育成までは、行われていない(熊野ら;2010)。「科学技術ガバナンス」(城山ら;2007)との関連で言えば、公共空間における科学技術のガバナンスの有り様などを理科教育に導入することの必要性が提起されているものの(大高;2004)、科学技術のガバナンスに必要な市民的な資質・能力の具体的な内容やその教育方法、既存の科学教育システムを科学技術ガバナンスシステムと接続するための方策など、基本的な枠組みは解明されていない。そこで、科学技術ガバナンスの理論的検討や実態把握を踏まえた上で、科学技術ガバナンスを形成するための市民的資質・能力の育成に資する科学教育論の基本的な枠組みを構築することを目的とする(図1)。

②研究期間内に明らかにすること

1) 科学技術社会論、ガバナンス論、STS教育・STSアプローチ論などの研究成果から、科学教育の促進・改善の観点を抽出する。

研究機関名 静岡大学 研究代表者氏名 熊野 善介

図1.本研究のねらい

研究目的(つづき)

2) 科学技術ガバナンスの在り方が変容してきた代表的な分野であるエネルギー分野、特に、原子力分野や遺伝子工学(城山ら;2007)などを事例に、科学技術ガバナンスとしての双方向的コミュニケーションの構造的な特性を把握する。

3) 欧米諸国での科学技術ガバナンスに関わる科学教育システムを実地調査し、その基本的な和組みを解明し、日本に導入可能な要素を明らかにする。

4) 上記1)〜3)を踏まえて、科学技術ガバナンスの形成・参加に必要とされる市民的な資質・能力を確化・構造化する。

5) 上記1)〜4)と現代科学教育研究の方向性を踏まえて、科学技術ガバナンスの形成に資する科学教育論の基本的な枠組み(内容・カリキュラム論と教授学習論を中心とした)を構築する。

③本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義

・ これまでのSTSに関する教育の実践と研究の成果を基盤として、今日求められる「科学技術ガバナンス」の形成に資する科学教育論の基本的枠組みを解明するものである。これは、次期学習指導要領の改訂の基盤となる理論的枠組みを提供するものとなりうる。

・ 現実社会では重要な問題と認識されながらも、学校教育の中では忌避される傾向の強いSTS的問題を通常の授業の中で扱えるような方法論を構築しようとするものである。

・ 科学技術ガバナンスとしての双方向的コミュニケーション活動の実践者との連携により、科学教育システムと科学技術ガバナンスシステムとを接続する方策を具体的に解明できる。

・ 純粋科学的な色彩の強かった理科教育にリアリティのある学びを提供し、将来科学分野に進まない子どもにも、科学を学ぶことの意味が実感できるよう授業デザインの指針を提供する。

・ 科学技術政策の形成に関心を持つ成人の生涯学習プログラム、教員養成プログラム、教師教育プログラムの開発などの展開に寄与しうる。