1.研究開始当初の背景
 本研究の着想は,これまでの熊野が代表を務める,基盤研究(B)の蓄積から出てきたものである。本研究代表者は,1989年から1993年までフルブライトプログラムにて、アイオワ大学大学院博士課程科学教育専攻で勉学し,Robert E. Yager教授の薫陶のもと1993年の12月に学位を取得した。当時,全米科学スタンダード(NSES)が作成される4年前であり,日本に帰国後,当時のアメリカにおける科学教育改革の内容をもとに,日本における科学教育の改革を試み,科学教育におけるSTS教育論を日本において展開してきた。その後,アメリカの科学教育改革の動向を分析・調査・報告を重ねるとともに,さまざまな近接領域の共同研究を展開し,日本国内外に発表を重ねてきた。(Mayer & Kumano, 1999), (Kumano, 2001),(KUMANO Yoshisuke, BLADES David, KARAKI Kiyoshi, RICHARDSON George, HISADA Ryuki 2003),(Kumano, 2010).
2010年度ごろから,アメリカにおける新たな科学教育改革の動きがあることがわかり,2011年に2回目のフルブライトプログラムに客員研究員として3か月間、本研究代表者の母校であるアイオワ大学の科学教育センターに滞在する機会を得た。この折に,アメリカの21世紀型の資質・能力の獲得の推進の動きと,科学教育改革の新たな展開が,NSTA,NSF等の訪問から明らかとなった。その後,上記の一連のSTEM教育改革に関する理論と実践の研究に没頭してきた。これまで,解明されたことは,全米科学教育スタンダード(NSES)が求めてきた,すべてのアメリカの人々がまもなく訪れる新しい時代に対応した「次世代科学スタンダード(NGSS)」としてより強力な教育モデルを構築したということである。すなわち,全米の州知事会の合意と,産学官民の合意形成がなされ,「STEM教育法」が2015年にできたことは極めて意義深い。なぜなら,この法律により,あらゆる政府機関がSTEM教育の具現化に集中しただけでなく,幼稚園から大学教育までを同じ教育政策で方向づけることができたからである。さらに,これらの一連の流れでおこる議論は、2007年から2009年にかけて展開されており,特に「科学教育における21世紀型の資質・能力の検討」がなされ,2010年に報告書が出され,この報告書が2013年にできたNGSSの基本骨格となったといえる。その後,2015年にSTEM教育法(PL114-59, 2015)が上院・下院を通過し,2017年にさらなる「アメリカのイノベーションと競争力向上法(PL114-329,2017)として,より強靭化された法律として,世に出たことが確認された。このことは今日でも継続しているといえる。
これらの動きに敏感だったのは多くの博士課程の学生をアメリカに送っていた,中国,台湾,韓国,タイ国,インドネシア等であった。アメリカのK-12科学教育フレームワークが作成される2011年ごろから分析が始まり,多くの大学や国家機関による検討が始まった。多くの国々では,かつてのアメリカにおける「環境教育法(1970年)」に対応したように,多くの国で再検討がなされている。このところオーストラリアのSTEM教育改革が急激に展開し始めた。本研究では,5か国(アメリカ,オーストラリア,台湾,タイ国,インドネシア)に絞り,現状分析を継続的に展開し,より具体的な実態の解明を進めだけでなく,5か国のアメリカのSTEM教育の展開に対応として,21世紀型資質・能力に対応したどのような科学技術(STEM/STEAM)教育を展開しようとしているかを理論と実践の両面で具体的に調べ,これらを日本の具体的なSTEAM教育の実践と比較することにより,より的確な今後の日本型のSTEAM教育展開への教育方略の形成が期待できるといえる。
 本研究代表者が「日本及びアメリカにおける次世代型STEM教育の構築に関する理論的実践的研究」課題番号16H03058(研究代表者:熊野善介)の一環で明らかになったのが,アメリカでもわが国の動きと似たような動きが,遡ること2000年代にすでに見られ,連邦政府レベルの会議があらゆる教科で展開したと考えられる。アメリカの科学教育においての展開として,専門家会議が2007年に開催され,科学教育における吟味がなされ,2010年ごろ文章が公開されたことが分かった。まず,初期設定として以下の5つの科学教育における21世紀型の資質・能力がアメリカで明確化されたことが確認できた。(熊野,2018)
本専門家会議から出された科学教育における21世紀型スキルは以下の通りである(NRC, 2010)。科学教育に関して出されたアメリカにおける資質・能力の内容であった。
① 応用(活用)する能力(Adaptability)(Houston,2007; Pulakos et al.2000)
② 複雑なコミュニケーション・社会的能力(Complex communication/social skills)
  (Peterson et al.,1999)
③ 非日常的な問題(課題)解決(Nonroutine problem solving)(Houston, 2007)
④ 自己管理と自己啓発(能力)(Self-management/self-development)(Houston,2007)
⑤ システム思考(Systems thinking)(Houston,2007)

この科学教育の5つの21世紀型の資質・能力とComputer Scienceに対して,STEM/CSと記載されるように,コンピュータ科学(インフォマティクス)が追加されて,「STEM教育法(PL114-59, 2015)」,そして,「アメリカのイノベーションと競争力向上法(PL114-329,2017))に引き継がれ,内容を確認するとより強靭化されたといえる。従って,本研究における学術的「問」は,日本及び世界の社会変動に対応するすなわち,Society5.0に応えるためのSTEAM教育領域における21世紀型資質・能力とは何かを探し当てることである。

2.研究の目的
 本研究の目的は,Society5.0という社会に急速に突入しようとしている世界の中で,どのような21世紀型の資質・能力を育成することが,科学技術領域と人分社会学領域が融合したバランスの良い社会を形成することに繋がるのかを特定することである。しかも,STEAM(科学・技術・工学・数学)領域において,より質の高い発見と発明がなされ,コアとなるパテントを確実に獲得していく必要がある。別な言葉を使うとイノベーションを組織的に展開していく必要が求められる社会の到来であるといえる。これまでの研究の中で,発見した内容で,21世紀型の資質・能力の具体的な内容を明確にすることに関して,日本においても答申で記述され新学習指導要領の中で明確に示され(主体的な学び,対話的な学び,深い学び),すべての教科において日本全国で具体的な展開の模索がなされているところである。この研究目的から得られる課題を以下(ア)から(エ)のステップで明らかにしていく。
(ア)諸外国(アメリカ,オーストラリア,タイ国,インドネシア,台湾の5か国)において21世紀型の資質・能力が科学教育において,どのように定義され,そして具体化され,幼稚園から大学教育においてどのように展開されているのかに関して明らかにする。これまでの熊野科研でほぼ解明されたアメリカのSTEM教育の理論と実践を基準とする。特に、教員養成系の大学においての、STEM/STEAM教育に対応したPCKが構築されているかどうかを調査・分析を行なう。
(イ)理科教育において,文部科学省から新学習指導要領の展開のためのモデル校になった学校やSSHや高等専門学校を訪問し,科学技術系教科においての資質・能力をどのように理論構築し,実践してきたかを解明し,共同研究者との議論を踏まえて類型化をし,これまでの基盤研究(B)課題番号16H03058(研究代表者:熊野善介)の成果と現在知りえる知見のもとに,日本型のSTEAM教育における,理科教育・科学教育・科学技術教育での資質・能力を組み立てる。
(ウ)同時に共同研究者は,それぞれの大学や拠点において,STEAMリテラシー形成のためのPCKを明らかにしながら,各地域を基盤とした教員養成教育,現職教師教育,K-16におけるSTEAM教育実践を試みる。共同研究者は熊野チームのこれまでの基盤研究(B)の結果と(ア)と(イ)の結果をもとに,毎年,それぞれの大学の文脈を生かし,それぞれの関係する学校や科学館等において,STEAM教育モデルの実践を遂行し,研究の交流を行う。
(エ)これらの研究を毎年積み上げ,議論しあい,特に,イノベーションが起こってきた過去の日本における事例を分析しながら,3年間で日本型のSTEAM教育モデルを構築する。特に,日本型のSTEAM教育は,SSTEAM(科学・社会・技術・工学・芸術・数学;エスティーム)ではないかという仮説の検証まで目指ざそうとしている。また、日本の科学技術系のイノベーションが過去においてどのように起こってきたかを,21世紀型の資質・能力という観点で捉え直しを行う。さらに,日本の歴史の中で形成されてきた,数々の伝統的な技能や技術をSTEAMの観点から捉えなおし,それらの文化的A価値を見直すとともに,新しいイノベーションにつなげることが大切であると考えている。

3.研究の方法
分析方法としては,5か国への海外調査により,STEAM教育が,国の教育施策にどのように導入され,どのように展開しているのかを明らかにする目的で,STEM教育改革の構造と形態を,政府,研究機関,学校,人材育成(指導者と児童生徒学生)等の主要な主体の相互作用を明らかにする.インタビューを中心とした聞き取り調査やSTEAM教育機関から出てくる内容分析となる.STEAM教材開発,イノベーション形成の戦略を見つけることが大切である.
日本国内においては,研究協力者によるそれぞれの地域のSSHや高専の訪問,報告書の獲得と相互比較を行った.これらの中から共有できる知見を明らかにし,JSTジュニアドクター育成塾事業の支援を受けている,「静岡STEMアカデミ-」の活動内容に反映し,具体的な実証検証を行うものとする.これまで,「静岡STEMアカデミ-」の報告書が公開されているので参考にしていただきたい.図1は、日本の科学研究費について、STEM教育というキーワードでヒットする、各年度の研究費取得者の隔年における数値をしており、急激に拡大していることを示している。

図1:STEM教育研究の年度ごとの研究数(KAKEN)
上述の(ア)から(エ)の研究のルーチンを3年間継続することにより,少しずつ積み上げることと,その過程で訂正を繰り返すという方略を取る。したがって,アクション研究法(Louis Cohen, et.al. 2004)を用いる。以上、本研究の独自性と創造性は、海外のSTEAM教育の動向とSociety5.0に応える日本型のSTEAM教育における資質・能力を,エビデンスベースで解明しようとしている点である。

4.研究成果
2020-2021
本研究の目的は,Society5.0という社会に急速に突入しようとしている世界の中でどのような21世紀型の資質・能力を育成することが求められるのか再検討することである。すなわち、科学技術領域と人分社会学領域が融合したバランスの良い社会を形成することに繋がるのかを再特定することである。しかも,STEAM(科学・技術・工学・リベラルアーツ・数学)領域において,より質の高い発見と発明がなされ,コアとなるパテントを確実に獲得していく必要がある。つまり、イノベーションを組織的に展開していく必要が求められる社会の構築であるといえる。研究目的から得られる課題を(ア)諸外国(アメリカ,オーストラリア,タイ国,インドネシア,台湾の5か国)のSTEM教育調査、(イ)SSH等のSTEAM教育分析、(ウ)STEAM教師教育PCK開発、(エ)日本型STEAM教育開発の5つのステップで展開していくこと
である。
 2020年度においては、Covid19により、所属大学の方針により、海外出張並びに国内出張がすべて禁止され、基本的にインターネットを中心とした研究活動となった。それでも、日本科学教育学会での課題研究(A067~A073)のZoomでの発表をした。本科研全体会議が10月29日、12月15日、3月19日にすべてZoom会議で行うことが出来た。2年目が少しでも海外調査や、国内調査ができることを願いつつ、2年目へ残った予算を移籍した。8月の課題研究では、本基盤研修(B)のメンバーである、紅林秀治氏、郡司賀透氏、竹本石樹氏、齊藤智樹氏、山本高広氏、黒田友貴氏と代表の熊野善介がそれぞれのSTEM教育関係の研究発表を行い、興直孝氏に指定討論者として議論と今後の研究展開の抱負を展開できた。

2021-2022
2021年度は本学も国内の他の大学においてもCOVID19のため、海外5カ国への出張は認められない状況が継続した。そのため、日本国内でSTEAM教育の証事業を展開している複数の企業、ならびに連携連動している複数の国内の学校訪問を展開した。また、東アジア科学教育学会(EASE)を、本科研代表がEASEの会長であったこともあり、2021年6月に静岡大学を拠点事務局としてZoomでの国際会議を開催した。複数の海外からSTEAM教育の専門家の講演会を行った。本科研のメンバーの研修会も行った。大変有意義な会となった。8月には日本科学教育学会年会において、課題研究の発表を本科研メンバーとともに発表を行った。さらに、11月にはアメリカのミネソタ大学STEM教育センターとのZoomでの国際会議が実現でき、アメリカにおけるSTEAM教育の実践における考え方と実際について、Thomas Meagher博士の講演をいただいた。最後に、2月に全体会をZoom会議にて行った。海外のSTEAM教育訪問のため、2022年度に研究費を繰り越した。

2022-2023
第1回の全体会議を6月下旬に開催した。役割分担の確認を行ない,研究分担者がスカイプやZoom会議で展開した.2022年度はタイ王国と台湾への調査研究を行う研究者の確定をし,メンバー全員が情報を収集し,情報提供,情報の相互交流と共有を行った.訪問するSTEAM関係のセンター,組織体制,教材の開発状況,21世紀型の資質・能力の定義の過程と内容の確認を行った.同時に,日本国内で,STEAM教育の推進を展開している国立高等専門学校ならびに科学技術高校やSSHの中から,理論と実践が具体的に展開し,Society5.0に具体的に対応したモデル開発が展開できている学校の選定を行った(仙台高等専門学校/古川黎明中学校・高等学校/茗溪学園中学校高等学校/みどりの学園義務教育学校/ドルトン東京学園/聖徳学園中学・高等学校).そして,国内チームがそれぞれの近隣のトップランナーである学校を訪問し,科学技術系の教育改革のために,21世紀型の資質・能力をどのように捉え,どのような教育実践を行うとそれらの資質・能力の開発ができるといえるのかについて,エビデンスも含めて調査・分析を行った.これらの課題と同時に,各地域の学校や科学館と連携した実践的なアクション研究の準備・企画を行った(久喜市教育委員会/戸田市教育委員会).STEAM教材開発において,各地域で展開している地域のイノベーションを具体的に活用して,STEM/STEAM教育の教材を開発した.2月にそれぞれの海外チームの調査分析結果,国内チームの実践結果の分析を発表し合った.また,海外からの有識者を1名招聘し実践の相互交流を行い,助言をいただくとともに講演していただいた.そして,この時点までに21世紀型の日本型STEAM教育モデルについて常に再検討を行った.また,教員の研修内容についても調査を展開した.科学教育学会での課題研究にて、本基盤研究の発表を行った。

2023-2024
COVID19のおかげで、4年目に研究費を移動し、最終年度としたしたことにより、これまでできなかった国やもう一度訪問する必要のある国の調査訪問により、Society5.0という社会に急速に突入しようとしている世界の中でどのような21世紀型の資質・能力を育成することが求められるのか再検討することである。すなわち、科学技術領域と人分社会学領域が融合したバランスの良い社会を形成することに繋がるのかを再特定することである。しかも,STEM/STEAM(Liberal Artsの追加)領域において,より質の高い発見と発明がなされ,コアとなるパテントを確実に獲得していく必要がある。つまり、イノベーションを組織的に展開していく必要が求められる社会の構築であるといえる。実績の概要として、(ア)諸外国(アメリカ,オーストラリア,タイ国,インドネシア,台湾の5か国)における,STEM/STEAM教育の教育政策と実践内容を明らかにしてきた.2023年度はアメリカとインドネシアの訪問調査が実現した.(イ) 理科教育において,文部科学省から新学習指導要領の展開のためのモデル校である研究協力学校やSSHや高等専門学校を訪問調査として、2023年度は、SSH高である都立立川高等学校、静岡県立清水東高等学校、静岡北高等学校の訪問調査を行った。(ウ) 研究協力者の所属する大学や拠点において,教員養成教育,現職教師教育,K-16におけるSTEAM教育実践を依頼してきた.静岡大学は別途,JSTからの予算を得て,「静岡STEAMフューチャースクール」において,小学5年生から中学3年生を対象にした,STEAM教育のモデル実践研究が展開できた. (エ)イノベーションが起こってきた過去の日本における事例を分析しながら,日本型STEAM教育モデルを構築し, 21世紀型の資質・能力という観点で全体会議において捉え直しを行った.3月の全体会議において、私たちの研究の成果を書籍としてまとめていく案が出され、学術的なものと一般向けの書籍の作成を目指すべきであるという案が出された。幸い、我々の研究の成果はすでに、2022年と2023年に海外の出版社のSTEM教育分野の本の章として、すでに2件公表され、本基盤研究(B)の研究分担者、研究協力者英文での引用数がGoogle Scholarだけでも1600件を超え、アジア、欧米のSTEAM教育の研究者の日本に対する注目の度合いが大きいことを示している。これらば、われわれの研究の成果でもある。